2006年8月11日 (金)

『あらしのよるに』

『あらしのよるに』

 先日、息子がレンタルショップでまとめて色々借りてきた中にあったので、なんとなくふたりで見ていたんです。
まあ、もともと私が見たいといっていたので借りてきてくれたようなんですけど。

 映画館の予告編で見た中村獅童と成宮なんとかさんの声の演技が、あまりにも気の良さそうな狼とおっとりしたヤギっぽかったので興味を持ったところへ、KABA.ちゃんの「おばさん」とは一体どんなもんだろうという怖いもの見たさが加わって。
そこに、TBS系列の地方局でいつも見ているアナウンサー二人が声の出演をしたという報告を番組で見まして、そっちにも興味が。

 獅童氏と成宮さんは、全編しっかり狼とヤギで、お見事でした。色々な役を声で演じ分けられるほどの声優としての技量があるかどうかはともかく、この映画の役に関しては、すごくはまっていましたね~。
KABA.ちゃんのおばさんヤギは、全く違和感なかったです(笑)。

 で、この作品の原作は、児童書として高い評価があるものなんですよね、確か。
そういうストーリーを、丁寧に作っていて、作品としての出来は、すごくよかったように思います。

しかし…見ている間中、何度息子と顔を見合わせて爆笑したものか…。

狼とヤギという、種族を超えた純粋な友情を描いているはずなのに。

「…こいつら、どう考えても恋愛状態だな」
「おおっ。はじめてのデートだっ(笑)」
「種族だけでなく、性別も超越した愛情ですな」
「おおっ、駆け落ち?! 記憶喪失っ?!」
「韓流?!」
「大昔の大映ドラマかよっ!」

などと、ストーリー以外のところで盛り上がりまくり(笑)。

 脳みそくされているかどうかの踏み絵にいいかもしれません。

 でも、うわちゃんの声は聞き分けられなかった~。残念。

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2006年6月12日 (月)

『タワーリングインフェルノ』

『タワーリングインフェルノ』 1974年製作

 懐かしい名作映画…と云うのは、パニックストーリーにはいまいち相応しくない気もしますが。
好きなんだから仕方ない。

 最近の洋画はあまり見ないんだけど、自分が十代の頃にはテレビで放送されたもの、可成チェックしていたんですよね。
あの頃の作品は、まだ、自分の感性にあっていたのか、ハリウッドも。

 で、安売りしていたDVDを、つい買ってしまって、でも、すげー長編だからなかなか見ようと云うきっかけも出来ずに放置していたんですが。

 きっかけは、先日来のエレベーター事故報道。
エレベーターの仕組みを解説するために、背面はもちろんサイドの一部や天井までガラス張りのエレベーターを使って、人が乗る部分とつりあいを取るためのおもりを見せていた番組があったんです。
「おー、実物見るのは滅多にない機会かも」と眺めていましたが、でも、「外が見られるものならともかく、上や横まで透けてて機械部分が見えるのは、ちと怖いなあ…」とも。
怖いというか、展望エレベーターというスマートなものに似合わぬ無骨さではないですか。

 で、「そーいえば、『タワーリングインフェルノ』で、建物の外側についている展望エレベーターが火災の爆風で外れかけて傾いて、人が落っこちるシーンがあったなあ…」
となんとなくつぶやいたら、息子がそのシーンに興味を持ちまして。

 先日も、「『エクソシスト』か『オーメン』に、事故で止まったエレベーターで、ワイヤーが外れて……ってシーンを見て以来、エレベーターの真ん中に乗りたくなくなった」と云ったのにも、何故か興味を示していたなあ。
エレベーターフェチなんてジャンルは無いと思うが?

 で、DVDがあると云ったら、見たいと云いだしまして、二時間四十分。
…やっぱり、いいわあ…♪
こけおどし的に派手なシーンを重ねたりせず、ゆったりとしている様に見えてしまうのは、現代の映像作品のテンポに慣れてしまったせいでしょうかね? でも、それが建物の威容を演出する効果になっているように感じます。

 しかし、私、この作品の主役二人、スティーブ・マックイーンと、ポール・ニューマンの区別が付けられずに困ったんだわ~、昔テレビで見た時(笑)。小さなテレビで、ながらで見ていたし。
あの時は、声優の声を聞き分けておりました。
いまだに、外国人の顔は覚えにくいっす。日本人の顔の記憶力も低いんだけど(笑)。
で、このDVD、字幕しかない!
しかし、今回は、ちゃんと筋を一生懸命追っかけて、シチュエーションとか、服装とかでなんとか判別つきました(笑)。しかし、ラスト近く、汚れた顔で二人だけのシーンが多くて苦労したわ~。

 あの、老婦人が飼っていたネコを手渡された老詐欺師の切ない演技がたまりません~(泣)。

 …しかし、その、ものすごく印象深かったシーンで、そのネコを渡した、タワービルの警備責任者(のような立場の人)の役を、O・J・シンプソンが演じていたとは驚きだ! しかも、すげー「正義感の強いいい人」だったあたりがまたなんとも。
で、「そのまんま東に似ているだろう」と息子に云ったら、「…気持ちは判る」
あの事件あたりの、もう少し老けた顔の方が、より近づいているんだよ。でも、息子は、事件のことは全く知らんようだけど。

 で、見終わった後、息子は、『名探偵コナン 天国へのカウントダウン』の録画テープをひっぱりだしてくる。
コナンの映画の中で、私も息子もこの作品はたいして評価していないのに?と思っていたら、「高層ビルからの脱出を扱ったこれに、『タワーリングインフェルノ』がどう影響を与えたかをチェックしたい」などと小ざかしいことをぬかす(笑)。
でも、『タワーリング』のインパクトは、このテーマにどう違った角度から攻めるか、とか、乗り越えるか、とか、意識せずにはいられないでしょうね、高層ビルを舞台にしたパニックストーリーだったら。

そのジャンルのスタンダード、王者の風格、色あせていませんでした。

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2006年2月12日 (日)

『姑獲鳥の夏』 京極夏彦

『姑獲鳥の夏』 京極夏彦

 え、今回は、小説じゃないんです。
DVDっす~。

『鋼の錬金術師』の映画のDVDが欲しいな~と思ってお店を覘いた見たら。
あったんですわ~、これが。
『ハガレン』もあったんですけどね。そちらには、「自分にお預け」くらわせてしまいました。

 『姑獲鳥の夏』の映画、絶対に見に行こう…と思っていたのに。
いつも行っているシネコンで上映されていなくて。
他にもたくさん見たいのがあったんですよね~、去年の夏は。
『ポケモン』見て、『宇宙戦争』見て、『容疑者室井慎二』を見て…。
他にもなんかあったかな?
ともかく、DVDを待とう、と思っていたのに、発売されてしばらく経って、偶然見つけるまで忘れておりました(汗)。

 キャストが発表された時に、これは、イメージを裏切るものが出来るはずはない、と思いました。
ちょっと意外だったのか、木場修の体格かな? 少なくとも京極堂より背が高くてがっちり系だと思っていたので、宮迫は、予想外。
でも、役者としての宮迫、結構好きなのでいいや(笑)。

 大沢在昌、宮部みゆき、京極夏彦の所属する大沢事務所のサイト、『大極宮』で紹介されていた、撮影風景のリポートで、あの「眩暈坂」がセットだということは判っていたけど、いや~、見事に眩暈坂!
『どこまでもだらだらとしていい加減な傾斜で続いている』坂道って、一体どんなものなんだろう。途中で眩暈が起こるような坂なんですよ。
…この坂だったら、眩暈を起こすのも頷ける、そんな不吉さもかもし出してくれている。

 でも、ちょっと、古本屋が小奇麗過ぎたかも(笑)。本も、もっと一杯いっぱいまでつみあがっている、埃くささと薄暗さをイメージしていたんだけどな~。
…あれなら、うちよりきれいだわ(笑)。

 で、不安だったのが、「この内容を、二時間にまとめられるか」ってことに尽きるわけで。

「蝉しぐれ」のテレビドラマを見た後に、映画を見に行って、映画の画像の美しさは堪能したんだけど、やはり、時間に追い立てられるような展開が惜しく感じました。

『姑獲鳥』は、映像に、「あと一秒余韻が欲しい」と思うようなカットはなくて、その点は良かったんだけど。
上手く、まとめてありましたし。
たとえば、京極堂の愛読書。妖怪についてまとめられた本も、彼の長広舌の中で取り出されるのではなく、始めに、怪しい男とすれ違っていきなりその本が出てきたりする。
その、原作には登場しない男の存在も、「無駄」ではなく、話をまとめるための配置になっているし。
しかも、驚くような「隠し設定」つきだもんなあ…。
「やられた~」とうなってしまいましたよ。

 久遠寺医院の廃墟のような部分は、空襲でやられたものが放置されている…という説明は無かったよな?
なくてもいいと思うのは、思い切り潔く切り捨てられていたようです。

 冒頭の、たずねてきた関口に、脳についての講釈をたれまくる京極堂は、「こうでこそ♪」なわけだけど、原作の台詞のエキスしか残っていないのに、ちゃんと、京極堂が弁舌で関口を云いくるめるというか、煙に巻いている感は満載だわ~。

 でも、そうやって、極限までまとめられていても、やっぱり、原作を読んでいなければ、理解しきれない部分があったのでは…?と感じてしまいました。
それが、予測は出来ていて、やっぱり乗り越えられなかった部分…かと。
『姑獲鳥』でこうなら、『狂骨』とか『鉄鼠』なんて、映像化不可能ではないですか…。
それはとっても惜しいと思うんですよね~、あの配役をした以上。

 それと、あの、ライトを様々に使ったりした、『効果』。
舞台的な演出…なんでしょうね。
あれを面白いと感じるか、うるさいと感じるか、不自然と感じるか…。
私には、少し難しい境界線…かな?
キャストがすごいんだから、あの役者たちに、思い切り演じ切らせればよかったのでは…?
小手先で不気味感を出していたような気がしてしまっては、逆効果かも。

 で、ここからは、映像化でのネタばれな話で、これからDVDを見る、とか、テレビ放送を心待ちにしているという方は、読まないでください。

 京極夏彦が、どこかに出ているというのは、そして、それが可成変わっている役柄だ…というのは、『大極宮』でも紹介されていましたから、それも楽しみだったんだけど。
どの役か、判らなかった…。
そんなにちょい、だったの?と思っていたら、エンドロールであきれました。
例の、原作には登場しない男。
「片腕の傷痍復員兵」で、「古本屋の常連」。で、顔つきもまさしく、「これは、水木しげる氏をイメージしたキャラです」と堂々と主張している、あの、映画オリジナルのキャラ。
…京極氏だったんです。
判らなかった~。顔も大きく写っていたのに。台詞だってあったのに。
まあ、もともと「レインボーボイス」と定評のある京極氏の演技力ですから(なんで、作家の『演技力』を知っているかと云うと、「推理作家協会」の50周年記念の劇と、大沢事務所の自作朗読会の第一回分のテレビ放送と、「ケゲゲの鬼太郎」ゲスト出演などでうならされているんですよ、本当に)。
水木氏の特徴を捉えて演じるのもお見事。
しかし、あの、顔ですよ、顔。
私は、「よく、水木氏の若い頃はこうだろうなあ…と思う役者を探してきたなあ」と思ったあれが、京極氏?!
…目は、だまされるのね~。
ちょっと顔の輪郭が違うかな~と思ってしまう部分は、帽子で誤魔化したわけね。参りました。

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